2009年
新年あけましておめでとうございます。昨年は年間3件の更新だけで(そのうちの1件ははてなのサービス貼り付けただけだし)われながら驚いたので、今年はもう少し頻繁に更新したいなと思います。書きたいこと(書けること)が多ければいいんだけど。
新年あけましておめでとうございます。昨年は年間3件の更新だけで(そのうちの1件ははてなのサービス貼り付けただけだし)われながら驚いたので、今年はもう少し頻繁に更新したいなと思います。書きたいこと(書けること)が多ければいいんだけど。
yosshiに4.1にバージョンアップしてもらいました。この一年ほとんどエントリーしていないのに。デザインも変えたいと言いながら変えていないのに。
でも仕事で新しい管理画面は少し触ってはいたのですが、自分のブログの管理画面が新しくなって嬉しいです。嬉しいのでもう少し記事を書きたい気がします。
でも気づいちゃったんだよね。文章をまとめるのが下手なことに。普段の会話でもそうなのですが、まず最初に結論を言いたがる。そして思いつくままに結論に至るまでの経過を話す。もちろん順不同になる。それどころかいきなり違う話をしたりする。なのであまり言いたいことが人に伝わらないし、人の興味を引くようにおもしろく話す事もできません。
その上なんというか・・私の声はちょっと人と違うみたいだし、滑舌もものすごく悪いのです(よく父親に口の中でもごもご話すなと叱られた)。人と話すとき、特に仕事上だとかあまりよく知らない人と話すときは一生懸命簡潔に分かりやすく話そうと心がけてはいるのですが。
そんな理由であまり知らない人と話しません。話さないので知らない人が多いです。
ほら、このエントリーもタイトルと全然つながらないものになっちゃった。
ともかくyosshiありがとう。
昨日寝る前にバガボンドを読んでいたら、巻末に作者のコメントが書いてあってなんかそれが気になったんですね。はっきりとは覚えていないんだけど、”日記(らしき)物をつける。やりたいこと、やりたくないことが明確になって無駄がなくなるかもしれない”的なこと。
あぁ、そうだなぁと(よくわかんないんだけど)思った。もちろんバガボンドの作者みたいにやりたくないことを排除した仕事の仕方なんてできないんだけど(バガボンドの作者がやりたくないことをやってないのかも知らないんだけど)、ここらで自分の人生において”やりたいこと”にスポットを当ててみるべきなのじゃないかと思っています。
ここ一年くらいの日々の生活を思い出してみると、それまで”やりたいこと”と特に意識していたわけではない事さえもやっていない。読書とか絵を描くとか音楽を聴くとか、そういう事はそれまで私の生活の一部だった気がするんだけど、今の私の生活で優先されているのは”明日”をできるだけ穏やかに過ごせるように早く寝るということ。
”おもしろい本を読んで明日の活力にする”。以前は自然に活力になっていたことが、なぜ今そうではないのか。その理由は漠然と分かっているんだけど言葉では言い表せません。考えるという行為が今の私に欠如しているんだと思う。
一年前まではとりあえず仕事だけでも頑張ろうという気持ちがあったような気がするんだけど、今はそうではありません。
このままでは全部がダメになってしまうなぁ。仕事がどうとかじゃなく。全部が。
愚痴を言っても仕方がないのでよく考えようっと。
今日は昨年事故で亡くなった姪の命日です。いままでなんとなくblogにはっきりと書く気になれなかったんだけど。
この一年は濃い一年でした。自分自身の環境や心境にもいろいろな変化があったし、離れていても家族の言いようのない心情を感じながら過ごしてきた気がします。どれだけ年月が過ぎようと、8歳でこの世を去った姪の存在は消えはしないし、姪の事を思い出さない日はなかった。一年絶った今も、毎日姪の存在を感じています。そうは言いながらも日常の喧騒に紛れて少しずつ姪の事を思わない日が増えていくのかも知れないけれど、彼女の存在が遠のくわけでも忘れていくわけでもありません。これからもいろいろな人に出会ったり、誰かと家族になったりするのだろうけど彼女の存在は唯一無二のものです。誰でもそうなんだと思う。誰かの代わりになる事なんてないのです。
そう思うと(偉そうなようだけれど)自らの命を絶ったり誰かの命を奪う人に何か言葉をかけたくなるような気がする。決して自分一人の力だけで生きていけているわけではないという事。でも人に何かを言えるほど私自身がしっかりと生と向きあって生きているわけではないので、そうだな・・・とりあえず一日一日を大切に生きて行きたいかな。
二週間くらい前から風邪っぽくて、遅刻早退を繰り返していたのですが、とうとう救急車に乗ってしまいました。前日からいやに頭痛が激しくなって、深夜に吐き気も加わってもうどうしようもない、だけど近所の病院も分からないし、とても客商売とは思えない乗客に不快感を与える事に長けているタクシーの運転手と口もききたくなかったので、朝まで我慢しようとも思ったのですが我慢できなかった。そんなわけで痛みを訴えていた電話の相手に諭されて救急車を呼んでしまいました。だって死にそうに痛かったんやもん。
また今日から退屈な日々が続くと思われます。プライベートが退屈になるのは自分次第。しかし仕事が退屈なのはいかんせんどうにもし難い。なぜ今の会社に移ってからこんなにも退屈さと苛立ちを感じるのだろうと、朝から来ても待ち時間が長いので少し考えてみたわけです。
で、考えて気づいただけでもないのですが、まず自分が作ったようにコーディングされないのがwebデザイナとしてかなりの精神的負担。じゃあ手前で組めよって言われそうですね。言われそうですがそういう意見はシカトして書く。今までどれだけ技術とセンスを持った人にコーディングしていてもらったのか、それが当然のように思っていたけれど、どれだけ恵まれた環境だったか気づく。二つ目に自分たちで作りあげている気分にならないって事。会社全体や売り上げの事を考えたら仕方のないことも沢山あって、おもしろいだけが仕事じゃないのは重々分かっているから私が言っているのはただの我が儘なのかも知れないけどそれもシカトして書く。
しばらく前の事になりますが、会社の先輩(?)に銀座久兵衛に連れて行って貰いました。高級お寿司屋さんらしい。定時よりちょっと早く上がってタクシーで銀座に向かう。
予約してくれていた時間には少し間があったので銀座をぶらぶらしました。なんとなく高級そうなお店(銀座ってだけでそうみえるのかしら)がひしめく中、一番興味をそそられたのは資生堂パーラーのケーキ。ホールで¥6,000くらいするそのケーキはショーウィンドウに堂々たる風格で並び、ほとんどのケーキの前に"売り切れ"のタグが付いていました。一体何時頃だったら買えるんだろう。リボンに見立てたチョコレートでデコレーションしてあったあのチョコケーキ。あれは是非とも食べてみます。
ケーキを見て興奮していると予約時間に近づいてきたので久兵衛に向かいました。なんとなく敷居が高く感じたのは前評判のせいでしょうか。私たちが通されたのは10人程度が入れる個室で、コの字型になったカウンターの中に職人さんがいる部屋でした。
大学時代の友人が上京すると言うので三日間ウチに泊まることになりました。彼女は陶芸をしているのですが(私と彼女は大学時代、工芸学科陶芸コースだった)、来年東京でグループ展をする為の打ち合わせと自分の作品の売り込みにやってきたようです。ウチまでの途中駅である目黒駅で待ち合わせ。卒業してからというもの、それぞれ仕事や自分の事に精一杯で、大阪にいた頃でも年に数回飲みに行く程度だったのですが、合うたび毎回思うのは別に久しぶりな感じがしないと言うことです。それが友達ってことなのでしょうか。それでも東京で会うのは初めてなので、お互いに"東京で会うことになるとはなー"なんて言いながら夕食の為に居酒屋へ向かいました。
この年頃の女子が一緒に酒を飲むと判で押したように話す内容のおしゃべりをしていると、同じ大学自体の友人からメールがきて、子宮口が3cm開いているとの事。最初、何を言い出すんだと驚いたのですが、メールの主は第2子を妊娠中で丁度陣痛が始まったようです。子宮口が3cm開いている状態でお腹はち切れそう〜なんて状況を報告するメールを打ったり(しかも絵文字つき)、いつか私も東京遊びに行きたいわ〜なんて言っていられるものなのでしょうか。母は強し。一晩経った今もその後の報告はありませんが、無事お産が終わっていますように。
その後ウチに帰って、パルムを食べてお風呂に入ってから、ピロートークしようよ姉さんという声をシカトして、彼女の作品集を観たり、持ってきた地図に"ウチはここやで"なんてまるを付けたりなんかして眠りにつきました。
彼女の作品集は学生時代からは想像も付かないほど生き生きとしていて、躍動感に満ちあふれたものでした。本当に楽しんで制作しているんだと言うことがとても伝わってきて、なんだか嬉しくなった。そして自分の造りたい物に妥協せず取り組んでいる彼女が少し羨ましくもあり、その強さに尊敬したりもします。やりたいことを集中してやる為に何かを捨てているという事もわかりますから。
楽しいです。薄いし、結構さくさく動くし、なんと言ってもタッチパッドが楽しい。
Winで不具合があるそうですが、私Win使ってないし。一部の人だけ早く届いたそうですが、修正して販売されるのかしら。
大人のおもちゃは楽しいな。
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